サリンジャー『フラニーとゾーイー』

レーンの自信 part 1

「ブルーマンの奴がね、ぼくがその論文をどこかで出版すべきだって、そう思ってるんだな」
だしぬけに彼はそんなことを言い出した。
「もっとも、よくは分かんないけどさ」そう言ってから、急に疲れが出たというように
――というより、彼の知性の成果を求めてやまない
貪婪な世間の要求に憔悴させられた、とでもいうか――
彼は片手の掌でほおをこすって、自分ではそのがさつさに気づかぬままに、
目に残っている睡気をこすり落すという、あの仕草を見せた。

(サリンジャーフラニーとゾーイー』p.20より)

"This guy Brughman thinks I ought to publish the goddam paper somewhere,"
he said abruptly.
"I don't know, though." Then, as though he had suddenly become exhausted
-- or, rather, depleted by the demands made on him
by a world greedy for the fruit of his intellect--
he began to massage the side of his face with the flat of his hand,
removing, with unconscious crassness, a bit of sleep from one eye.

(J. D. Salinger『Franny and Zooey』)

「ブルーマンはどこかから、その論文を出版する義務があると思ってるんだ」
彼は唐突に言った。
「もっとも、僕はわかんないけど」次に、彼は突然に疲れ果てたように、
――または彼の知性の果物にどん欲な世間による要求に枯渇したか――
彼は手の平で顔の横のマッサージを始め、
無意識のがさつさで、目から少しの眠気を取り除いた。

レーンの自信 part 2

しかし、レーンは、自分が勝ったような格好で決着がつくまでは、
議論をやめるわけにいかない男だった。
「ぼくが言うのはだね」と、彼は言った。
「どういう生活の分野にでも無能な人間というものは必ずいるということなんだ。
それが根本だっていうんだよ。特研生の話はしばらくおいとくことにしてさ」

(サリンジャーフラニーとゾーイー』p.24より)

But Lane couldn't let a controversy drop until
it had been resolved in his favor.
"I mean, hell," he said.
"There are incompetent people in all walks of life.
I mean that's basic.Let's drop the goddam section men for a minute."

(J. D. Salinger『Franny and Zooey』)

しかし、レーンは彼の有利で決議が出るまで論争を終わらせることを許さない人であった。
「僕が言う意味はね」と彼は言った。
「この世のどんな職業にも無能者はいる。
僕はそれが基本だと本気で思う。少しの間は、つまらない男の話は中断しよう」

ラニーの考え part 1

「きみんとこの英文科にはアメリカでもっとも優秀な人間が二人いるじゃないか?
マンリウス。エスポジト。あの連中がうちの大学にいてくれたら、と思うよ、ぼくは。
少なくとも彼らは詩人だからなあ、なんていったって」
「ちがうわ」と、フラニーは言った
「それもたまんないことの一つなの。つまり、あの人たちは本当の詩人じゃないってこと。
あの人たちはジャンジャン出版されたりアンソロジーに入ったりする詩を
書いてる人っていうだけのことよ。
でも詩人じゃないわ」

(サリンジャーフラニーとゾーイー』p.24-25より)

"You've got two of the best men in the country in your goddam English Department.
Man-lius. Esposito. God, I wish we had them here.
At least, they're poets,for Chrissake."
"They're not," Franny said.
"That's partly what's so awful. I mean they're not real poets.
They're just people that write poems
that get published and anthologized all over the place,
but they're not poets."

(J. D. Salinger『Franny and Zooey』)

「きみのところのつまらない英文科にアメリカ中で優秀な男が二人いるだろ。
マンリウス、エスポジトっていう。神よ。僕はここに彼らがいることを願っているよ。
少なくとも、なにしろ彼らは詩人なんだから」
「彼らはそうじゃないわ」フラニーは言った。
「それは嫌なことの一つなの。私は彼らが本当の詩人ではないと本気で思うわ。
彼らは、あちらこちらで出版されたりアンソロジーに編まれたりする詩を書くけど、
彼らは詩人じゃないわ」

ラニーの考え part 2

「よくないよ、きみは三十分間も、まるでセンスのある人間は、批評能力のある人間は、
世の中にきみしかいないみたいな調子で喋りまくったんだぜ。
ぼくが言いたいのはだね、一流の批評家が何人か、そいつの舞台をすばらしいと思ったんなら、
おそらくその通りなんで、きみが間違ってるんだと思うんだよ。
きみ、そんなふうに考えたことある?きみの目はまだ、円熟の域に――」
「そりゃ、単に才能があると言うだけの人にしては、すばらしい出来栄えだったわ。
でも、『人気者』をちゃんとやろうとしたら、天才でなきゃだめよ。
実際そうなんだもの――仕方がないわ」とフラニーは言った。
彼女は、少し背をまるめてうつむいた。
そしてかすかに口を開けたまま、片手で頭の上を押さえた。
「なんだかぼうっとして、ヘンな気持。どうしちゃったのかなあ、わたし」
「きみは、自分を天才だと思ってるんだね?」
ラニーは頭にのせていた手を下ろした。
「まあ、レーン。お願い。よしてよ。そんなこと」
「そんなこともどんなこともしやしな――」
「とにかくわたしには、
自分が気がヘンになりそうだということしか分んない」とフラニーは言った。
「エゴ、エゴ、エゴで、もううんざり。
わたしのエゴもみんなのエゴも、誰も彼も、何でもいいからものになりたい、
人目に立つようなことかなんかをやりたい、面白い人間になりたいって、
そればっかしなんだもの、わたしはうんざり。いやらしいわ――
ほんと、ほんとなんだから。人が何と言おうと、わたしは平気」

(サリンジャーフラニーとゾーイー』p.36-37より)

"No, I mean you've been talking for a half hour
as though you're the only person in the world
that's got any goddam sense, any critical ability.
I mean if some of the best critics thought this man was terrific in the play,
maybe he was, maybe you're wrong.
That ever occur to you? You know, you haven't exactly reached the ripe, old--"
"He was terrific for somebody that just has talent.
If you're going to play the Playboy right, you have to be a genius.
You do, that's all--I can't help it," Franny said.
She arched her back a trifle,
and, with her mouth a trifle open, she put her hand on top of her head.
"I feel so woozy and funny. I don't know what's the matter with me."
"You think you're a genius?"
Franny took her hand down from her head.
"Aw, Lane. Please. Don't do that to me."
"I'm not doing any--"
"All I know is I'm losing my mind," Franny said.
"I'm just sick of ego, ego, ego. My own and everybody else's.
I'm sick of everybody that wants to get somewhere,
do something distinguished and all, be somebody interesting.
It's disgusting --it is, it is. I don't care what anybody says."

(J. D. Salinger『Franny and Zooey』)

「よくないよ、きみは30分間ずっと話し続けているじゃないか、
まるで世界中で批評技術というセンスを手に入れた唯一の人であるかのようにね。
何人かの最も良い評論家が演技中のその男のことを素晴らしいと思ったなら、
多分彼はその通りで、多分きみは間違っているよ。
そう心に浮かんだことある?きみは正確に円熟の域に達していな――」
「単に才能を持っている誰かにとっては、彼はすごかったわ。
もし『プレイボーイ』を正しく演じるには、天才でなければいけないわ。
それが全てなの。どうしようもないわ」フラニーは言った。
彼女は少し背を丸め、彼女の口がほんの少し開けたまま、頭の上に手を置いた。
私、とてもぼんやりしていておかしい感じがする。何が問題かわかんない」
「自分で自分を天才だと思ってるの?」
ラニーは頭から手を下ろした。
「レーン。お願い。私にそんなこと言わないで」
「僕は何にもしていな――」
「全ての知っていることは私はワケがわからないということだけだわ」フラニーは言った。
「私はただ、エゴ、エゴ、エゴにはうんざりだわ。私自身のエゴも他人のエゴも。
うんざりだわ。成功したいだとか、有名になりたいだとか、面白い人になりたいだとか。
私はムカつくの!――それが、そういうのが。 私は他人が何と言おうと気にしないわ」

非コミュの典型 ゾーイー part 1

「まあ、なんてことを言うんだろ。あんたって人は話もできやしない。
最初から話さなければよかったわ。あんたもバディとそっくりですよ。
人のやることには必ず何か妙なわけがあると思ってる。
よその人に電話をかけるのにも、
きっと何か自分に得がいくようないやらしい理由があると思ってるんだもの」

(サリンジャーフラニーとゾーイー』p.108-109より)

"Oh, it's impossible to talk to you! But absolutely impossible.
I don't know why I try, even. You're just like Buddy.
You think everybody does something for some peculiar reason.
You don't think anybody calls anybody
else up without having some nasty, selfish reason for it."

(J. D. Salinger『Franny and Zooey』)

「まあ、あなたと話すのは不可能だわ! 絶対に不可能よ。
なぜ話そうと試したのかさえわからないわ。 あなたはほんとバディに似ているわ。
あなたは、だれもが何らかの奇妙な理由で何かをすると思ってるのね。
なにかしら自己中心的な理由がないと誰かが他人に電話をかけることもないと思ってるのね」

非コミュの典型 ゾーイー part 2

「あんたはね、人を好きになるか嫌いになるか、どっちかなんだ。
好きだとなると、自分ばっかし喋っちまって、誰にもひとことだって口を入れさせやしないし、
嫌いだとなると――たいていは嫌いになるほうだけどさ――
こんどはもう、自分は死んだみたいに黙りこくって、相手に喋らせるばっかし。
そうしちゃ落とし穴にはまりこませる。そのでんをあたしはこの目で見てるんですからね」

(サリンジャーフラニーとゾーイー』p.109-110より)

"You either take to somebody or you don't.
If you do, then you do all the talking and nobody can even get a word in edgewise.
If you don't like somebody--which is most of the time --
then you just sit around like death itself and let the person talk themself into a hole.
I've seen you do it."

(J. D. Salinger『Franny and Zooey』)

「あなたは他人がすごく好きか、すごく嫌いかしかないじゃない。
もし好きなら、あなたはずっと話して、相手に話をさせる機会を与えないの。
もし嫌いなら――ほとんど、こっちの場合――、
その時は、死んだみたいにダラダラして、相手の話のジャマをする。
私はあなたがそうするのをみたことがあるわ」


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