村上春樹『スプートニクの恋人』

竜巻のような激しい恋

22歳の春にすみれは生まれて初めて恋に落ちた。
広大な平原をまっすぐ突き進む竜巻のような激しい恋だった。
それは行く手のかたちあるものを残らずなぎ倒し、
片端から空に巻き上げ、理不尽に引きちぎり、完膚なきまでに叩きつぶした。

(村上春樹スプートニクの恋人』p.7より)

確信

わたしはやはりこの人に恋をしているのだ、すみれはそう確信した。
間違いない(氷はあくまで冷たく、バラはあくまで赤い)。

(村上春樹スプートニクの恋人』p.39より)

冷酷な間投詞以外

「その、なにかもうちょっとまともな言葉を口にできない?
『ああ』とか『うむ』とかいった冷酷な間投詞以外に。
接続詞とか、そういうのでもいい。そうねえ、たとえば、『だけど』とか『しかし』とか」
「けれども」とぼくは言った。
ひどく疲れていたし、ほんとうに夢を見る元気さえなったのだ。
「けれども」と彼女は言った。
「まあいいや。それでもひとつの進歩ではあるものね。小さな一歩ではあるけれど」

(村上春樹スプートニクの恋人』p.43より)

レズビアンの特徴

レズビアンの女性は生まれつき、
耳の中のある骨のかたちが普通の女性のそれとは決定的に違っているんだって。
なんとかいうややこしい名前の小さな骨。
つまりレズビアンというのは後天的な傾向ではなく、遺伝的な資質だということよね。
アメリカの医者がそれを発見したの。
彼がどんないきさつでそんなことを研究しようと思いたったのか見当もつかないけれど、
いずれにせよそれ以来わたしは、その耳の奥のろくでもない骨のことが気になってしかたないのよ。
わたしのその骨はいったいどんなかたちをしているんだろうかって」

(村上春樹スプートニクの恋人』p.81より)

トランスミッションのようなもの

「世界のたいていの人は、自分の身をフィクションの中に置いている。
もちろんぼくだって同じだ。車のトランスミッションを考えればいい。
それは現実の荒々しい世界とのあいだに置かれたトランスミッションのようなものなんだよ。
外からやってくる力の作用を、歯車を使ってうまく調整し、受け入れやすく変換していく。
そうすることによって傷つきやすい生身の身体をまもっている。言っていることはわかる?」

(村上春樹スプートニクの恋人』p.97より)

それぞれの軌道を描く孤独な金属の塊

わたしにはそのときに理解できたの。わたしたちは素敵な旅の連れであったけれど、
結局はそれぞれの軌道を描く孤独な金属の塊に過ぎなかったんだって。
遠くから見ると、それは流星のように美しく見える。
でも実際のわたしたちは、
ひとりずつそこに閉じこめられたまま、どこに行くこともできない囚人のようなものに過ぎない。
ふたつの衛星の軌道がたまたまかさなりあるとき、わたしたちはこうして顔を合わせる。
あるいは心を触れ合わせることもできるかもしれない。でもそれは束の間のこと。
次の瞬間にはわたしたちはまた絶対の孤独の中にいる。
いつか燃え尽きてゼロになってしまうまでね

(村上春樹スプートニクの恋人』p.179より)

理解というもの

理解というものは、つねに誤解の総体に過ぎない。

(村上春樹スプートニクの恋人』p.202より)

人が撃たれたら血は流れるものなんです

昔、サム・ペキンパーの監督した『ワイルド・パンチ』が公開されたときに、
一人の女性ジャーナリストが記者会見の席で手を挙げて質問した。
「いったいどのような理由で、
あれほどの大量の流血の描写が必要なのですか?」、彼女は厳しい声でそう尋ねた。
出演俳優の一人であるアーネスト・ボーグナインが困惑した顔でそれに答えた。
「いいですか、レディー、人が撃たれたら血は流れるものなんです」。
この映画が製作されたのはヴェトナム戦争がまっさかりの時代だった。
 わたしはこの台詞が好きだ。おそらくはそれが現実の根本にあるものだ。
分かちがたくあるものを、分かちがたいこととして受け入れ、そして出血すること。銃撃と流血。
いいですか、人が撃たれたら血は流れるものなんです。

(村上春樹スプートニクの恋人』p.205-206より)


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村上 春樹
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5 徹底的な孤独と喪失感に満たされた恋愛小説
5 恋について
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