村上春樹『1973年のピンボール』

ピンボール・マシンとヒットラーの歩みの共通点

  • ある種のいかがわしさとともに時代の泡としてこの世に生じた点。
  • その存在自体よりは進化のスピードによって神話的オーラを獲得した点。

(村上春樹1973年のピンボール』p.27より)

ジェイが45年かけてわかったこと。

「あたしは四十五年かけてひとつのことしかわからなかったよ。
(中略)
人はどんなことからでも努力さえすれば何かを学べるってね。
どんなに月並みで平凡なことからでも必ず何かを学べる。
どんな髭剃りにも哲学はあるってね、どこかで読んだよ。
実際、そうしなければ誰も生き残ってなんかいけないのさ。」

(村上春樹1973年のピンボール』p.93より)

配電盤のお祈り

「哲学の義務は、」と僕はカントを引用した。
「誤解によって生じた幻想を除去することにある。
……配電盤よ貯水池のそこに安らかに眠れ。」

(村上春樹1973年のピンボール』p.97より)

ピンボール台『スペースシップ』について

「『スペースシップ』は不思議な台でした。
一見取り柄がないようにも見える。でもやってみると何かが違うんです。
同じフリッパー、同じターゲットなんですが、他の機種とは何かが違う。
その何かが麻薬のように人の心をひきつけた。何故だかはわかりません。
(中略)
『スペースシップ』は全部で千五百台ばかり生産されましたが、
そんなわけで今では幻の名機となっています。
アメリカでの『スペースシップ』のマニア取引価格は二千ドルばかりですが、
売りに出されることはまずない。」
「何故ですか?」
「誰も手放さんからです。誰も手放せなくなるんです。不思議な台です。」

(村上春樹1973年のピンボール』p.127より)

『スペースシップ』というピンボール

小説に出てくる同メーカーの同名のマシンはこの世には存在していません。
なぜなら、メーカーそのものが小説の中だけに存在する架空のメーカーであるからです。
(中略)
しかし、他のメーカーの「スペース シップ/Space Ship」というピンボールは存在します。
1961年12月より翌年にかけて、Williams社から、
800台とも1,000台とも言われている数がデリバリーされたようです。*1

誇りについて

ピンボールは上手いの?」
「以前はね。僕が誇りを持てる唯一の分野だった。」
「私には何もないわ。」
「失くさずにすむ。」

(村上春樹1973年のピンボール』p.140より)

過去と現在について

しかし僕たちが歩んできた暗闇を振り返るとき、
そこにあるものもやはり不確かな「おそらく」でしかないように思える。
僕たちがはっきりと知覚し得るものは現在という瞬間にすぎぬわけだが、
それとても僕たちの体をただすり抜けていくだけのことだ。

(村上春樹1973年のピンボール』p.171より)

メモ

空には雲ひとつない。それでいて全体がぼんやりとした春特有の不透明なヴェールに被われていた。
その捉えどころのないヴェールの上から、空の青が少しずつ滲み込もうとしていた。
日の光は細かな埃のように音もなく大気の中を振り、そして誰に気取られることもなく地表に積った。

(村上春樹1973年のピンボール』p.15より)


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